スイーツ王子の溺愛はケーキよりもなお甘い

「いらっしゃいませー」

 後ろを振り返った結乃は、彼が現れた時とは別の意味で身構えた。
 
(うわっ……)

 店内に入ってきた男性を見るなり、げんなりしてしまう。
 ショーケースの前に立っている母が、臨戦態勢になるのを肌で感じた。
 
「こんな寂れた店によく客が来るもんだな?ああーん!?」

 いきなり喧嘩を売りつけてきたのは、この辺り一帯の地主である兵頭(ひょうどう)だ。
 デップリと太った身体を中途半端なサイズのスーツに押し込め、ボタンが今にも弾け飛びそう。
 額には大量の汗をかいていて、いつも髪の毛がペタリと額に張り付いているのが特徴のひとつだ。
 一ヶ月前までは優しい老爺が地主だったのだが、闘病生活の末に亡くなり、代わりに土地の管理に名乗り出たのが、このいかにも偉そうな息子だ。


「おい!立ち退きの準備は進んでいるんだろうな!?」
「何度いらっしゃっても、答えは同じです。私達はここから出て行くつもりはありません」
「ケッ!強情なババアだ!」
「他のお客様のご迷惑です。お帰りください」
「あーん!?舐めた口をきくじゃねえか!」
「そっちこそ!」
「お母さん……!」

 喧嘩腰の母をなだめようとショーケースの前まで戻ると、兵頭の目が結乃に向けられる。
 ねっとりと身体に纏わりつく視線は、やたらと結乃の胸元に集中していた。
 不愉快極まりない下品なニヤケ顔を見せつけられ、結乃は心の中でうめいた。

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