スイーツ王子の溺愛はケーキよりもなお甘い
「おう、結乃。母さんの具合はどうだった?」
息せき切ってノエルにやって来た結乃をショーケースの前で出迎えたのは兄の貢だ。
コック帽の脇からチラチラ見える黒と金の斑ら模様と、ヘアピンのような細眉はまるでヤンキーだ。
派手な見た目に反して手先が抜群に器用で、パティシエとしての腕は申し分ないが、売られた喧嘩はもれなく買うのが玉に瑕。
結乃は息を整えると、貢からの問いかけに答えた。
「また腰をやっちゃったみたい。今回も一週間は動けなさそう」
半年ぶり四回目の出来事とあって、貢は驚きもしない。
「気をつけろよな、まったく……。ギックリ腰でよかったぜ。頭でも打ったんじゃないかってヒヤヒヤしたぜ」
母の不注意にほとほと呆れる兄を見て、結乃も同意するように大きく頷いた。
「店番、ありがと。着替えたら、交代するね」
バックヤードにある事務室で制服に着替え、店頭に戻って来ると、結乃はようやく異変に気がついた。
(あれ?)
時刻は既に十一時を過ぎている。しかし、いつもの席に『シューさん』がいない。
「ねえ、お兄ちゃん。今日、男の人が来なかった?お兄ちゃんと同じぐらいの身長で、スウェットを着ていて、黒縁の眼鏡をかけた……」
「来てねーよ?」
「そう……」
結乃は何だかがっかりしてしまった。結乃が知る限り、定休日を除けば彼がノエルに来ないのは初めてのことだった。