このたび聖女様の契約母となりましたが、堅物毒舌宰相閣下の溺愛はお断りいたします! と思っていたはずなのに
 妹を出してくるとは卑怯である。だけどイリヤも負けない。
「えぇ。妹たちも幼く、まだ手とお金がかかる時期です。ですからお義父様の手を煩わせずに、妹たちにかかるお金は私が工面したいと思っているのです」
 周囲に他の人もいるからか、マーベル子爵も強くは言えないようだった。彼はここで、物わかりのよい父親を演じる必要がある。そして娘を心配する父親でもある。
「そうか……。イリヤがそこまで言うのなら。だけど、つらくなったらすぐに私を頼っておくれ。イリヤは私の娘なのだから……」
「ありがとうございます、お義父様」
 とりあえずマーベル子爵はここで引き下がった。むしろ、持久戦に持ち込もうとしているのだろう。
 イリヤが仕事を探している。つまり、資金が尽きようとしている。その尽きたところを狙えばいいとでも思っているにちがいない。
 だから、何がなんでも仕事を見つける必要がある。
 さらに八日経った二十二日目。次はサブル侯爵がやってきた。
 こちらもイリヤが職業紹介所の建物に入ろうとしたところに声をかけてきた。イリヤがここに入り浸っていると、知れ渡っているのだろうか。
「ああ、イリヤ。あのときはすまなかった。君を辞めさせてしまって。また、娘たちの家庭教師を引き受けてはくれないだろうか」
「サブル侯爵。お声がけいただきありがとうございます。ですがもう、私に家庭教師は務まりません」
「どうしてだい? お給金も今までの倍、出そう。娘にもわがままを言わないようにと、きつく言い聞かせる」
 そうではありませんと、イリヤは首を横に振る。一つに結わえたマホガニーの髪も、ふわりふわりと動く。
「もう、私から教えることは何もないのです。お二人が優秀すぎて、私では力不足であると実感いたしました。もし、優秀な家庭教師をお捜しでしたら、私のほうでも何人か心当たりがあるのですが、紹介しましょうか?」
 サブル侯爵は、なぜかそそくさと逃げていった。
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