このたび聖女様の契約母となりましたが、堅物毒舌宰相閣下の溺愛はお断りいたします! と思っていたはずなのに
「お忙しいのですか?」
「あ、まぁ。忙しいといえば忙しいが、いつものことと言えばいつものことだ」
 それでもクライブは、夕食に間に合うように帰宅するし、マリアンヌを風呂にまで入れている。
「お忙しいのであれば、こちらのことは無理なさらずに」
「忙しいというか、悩ましいというのが正解だな」
 あのクライブが悩ましいというのは、いったいどのような問題なのか興味が沸いてくる。イリヤはけしてクライブを嫌っているわけではない。ただ、少しだけぎゃふんと言わせてやりたいという、そんなささやかな対抗意識を持っているだけ。
 だから、些細なことでも彼の弱みを握っておきたいと、そういった下心が満載なのだ。
「私がお聞きすることで、閣下の悩みが少しでも軽くなるのなら、お話ください」
 イリヤがそう言ったのにも理由はある。クライブはちらちらとイリヤに視線を向けてきたから。言いたいけど言えない。そんな様子が伝わってきたのだ。
 となれば、話しやすい雰囲気を作るのも大事だろう。だからそう思って声をかけた。
「話を、聞いてくれるのか?」
 眼鏡の奥のアイビーグリーンがほのかに揺れる。まるで、イリヤに助けを求めているようにも見えて、胸の奥がきゅっと疼いた。
「私だって話を聞くくらいならできますよ」
 にっこりと微笑むと、クライブはソファに座るようにと促す。立ち話する内容ではないのだろう。
 イリヤがそこに腰を落ち着けると、クライブが隣に座る。てっきりテーブルを挟んで向かい側に座ると思っていたのに。
「閣下、距離が近くありませんか?」
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