このたび聖女様の契約母となりましたが、堅物毒舌宰相閣下の溺愛はお断りいたします! と思っていたはずなのに
 そこから記憶はないのだが、そのまま眠ってしまったのだろう。
 最近、目が覚めると目の前にクライブの顔がある。イリヤのほうから彼に寄っていくのだ。もちろん、それは眠っている間のことなので、自覚はない。
 だが、さすがに半裸の彼に「身体は辛くないか?」と問われたら、昨夜にナニがあったのかと勘ぐってしまう。いや、ナニもなかったと思っているのだが。
 クライブという男は、よくわからない。あれは無意識なのかわざとなのか。いや、天然だろう。もう少し、言葉の意味を考えてもらいたい。
 彼がイリヤの身体を心配したのは、昨夜、魔力をほぼ使い切ってしまったからだ。一晩寝たら、少しは魔力も回復したようだが、万全とはいかない。
「奥様、今日はお疲れのようですね」
「えぇ。マリアンヌが夜泣きして」
「まだまだ、手もかかる時期ですから。奥様もご無理をなさいませんように」
 サマンサの言葉が身に染みた。
 マリアンヌの部屋に寄り、彼女を腕に抱いて食堂へと向かう。
 クライブは先に席についていた。黒い髪を後ろになでつけ、眼鏡もかけている。いつも通りの彼である。
 寝起きの彼と目の前の彼。
 髪型と眼鏡だけで、がらりと雰囲気が異なる。
 ドキッと心臓が震えた。
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