このたび聖女様の契約母となりましたが、堅物毒舌宰相閣下の溺愛はお断りいたします! と思っていたはずなのに
「では、その件は夜にでも話をしよう」
「はい」
 イリヤはもう一口、マリアンヌの口元にスプーンを運んだ。彼女は大きく口を開けて、スプーンをくわえるともぐもぐと口を動かす。
「マリアンヌはよく食べるな。昨日、一暴れしてお腹が空いたのか?」
 いつの間にか食事を終えていたクライブは目を細めた。
「あ~だ~だ~」
「イリヤ。マリアンヌを預かろう。君も食べなさい」
 クライブがやってきてひょいとマリアンヌを抱き上げ、自席へと連れていってしまう。自分の膝の上に乗せて、今度は彼がマリアンヌにご飯を食べさせる。
 正面にいるマリアンヌは、クライブが言ったようによく食べる。食べて喜んで、喜んで食べる。
 見ているだけで心の奥がぽっとあたたかくなった。だから、このあたたかさを失いたくないのだ。例え、血の繋がりはなくても、マリアンヌはクライブとイリヤの子。子を守るのが親の責務。だから、あの話を引き受けようと決心した。
 食事を終え、クライブを見送る。マリアンヌをナナカに預けたイリヤだが、やはり昨夜の件が尾を引いていた。
 チャールズがそっとやってきて「旦那様からお聞きしておりますので」と前置きをつけてから、今日は休んでもいいとのことだった。イリヤはその言葉に甘えることにした。
 この屋敷は、クライブ自身が人を寄せ付けない性格のためか、訪れる者も少ない。仮に人がやってきたとしても、たいていはチャールズがなんとかしてしまうそうだ。
 たまに、イリヤが呼ばれるときもあるが、それはファクト公爵夫人という肩書きが必要になるときだけ。
 部屋に戻り、少しだけ室内をうろうろとしてから結局ソファでうたた寝することにした。
 朝晩は冷え込むものの、日が当たるとぽかぽかする室内は、イリヤを微睡みの世界へと導く。重くなる瞼に抗うこともできずに、そのまま眠りへと落ちる――

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