このたび聖女様の契約母となりましたが、堅物毒舌宰相閣下の溺愛はお断りいたします! と思っていたはずなのに
 そこで馬車が止まる。
「着いたようだな。続きは部屋で話そう」
 クライブのエスコートで馬車から降りるものの、先ほどの話が気になって仕方ない。
 召喚の儀式で召喚されるのはマリアンヌであるはずなのに、なぜそこにイリヤが現れるのか。
 いくらイリヤに魔法が使えると言っても、転移魔法といった高度な魔法は使えない。もしかしたら、魔法使いたちにそれを頼むのだろうか。
 しかし、頼んだら頼んだで、秘密を知る者が増える。秘密を知るものが増えれば、それだけリスクは高まる。
 クライブと並んで王城の回廊を歩くのは初めてではないというのに、人からの視線を感じる。クライブと歩くといつもこうだ。イリヤとクライブが結婚した事実を、彼らが知っているのか知らないのか、それすらイリヤは知らない。クライブが結婚したことを、公にしているのかしていないのかすらわからない。わからないまま、四か月が過ぎた。
 つまり、気にしてはいけないのだ。それはいつものこと。
 今日、案内された場所は国王の執務室である。この場所は、イリヤが初めて王城を訪れたときに通された部屋でもある。
「陛下、イリヤを連れてきました。今日は、マリアンヌはおりませんからね」
「おお、イリヤ嬢。忙しいところ、呼び立ててしまってすまない」
「ご無沙汰しております、エーヴァルト様」
 スカートの裾をつまんで挨拶をすると、クライブが冷たい視線でイリヤを見下ろした。
「……イリヤ。いつから陛下を名前で呼ぶようになったのだ?」
 クライブのこめかみがふるふると震えているように見える。
「そうですね。いつからと言われると、いつからでしょう?」
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