このたび聖女様の契約母となりましたが、堅物毒舌宰相閣下の溺愛はお断りいたします! と思っていたはずなのに
 確か、前回、マリアンヌを連れてきたとき。かもしれない。
 トリシャを名前で呼んでいたら、エーヴァルトも名前で呼んでほしいと言い出した。かもしれない。
 そうクライブに答えると、彼は目を細くして「そうか」とだけ呟く。
「閣下、どうかされました?」
 イリヤが首を傾げると、エーヴァルトは笑いをこらえている。
「イリヤ嬢、とにかくそこに座ってくれ。クライブもな」
 エーヴァルトに促されて、イリヤがソファに座ると、クライブも隣に座ってくる。
「閣下……近くないですか?」
 じとっと視線を向けると、クライブは「ふん」と腕を組んで足を組んだ。つまり、その場から動くつもりはないようだ。イリヤが少しだけ腰を浮かせようとしたら、今度はクライブがギロリと睨んできた。だから、結局その場から動けなくなった。
 いつの間にか給仕がやってきて、テーブルの上にお茶やらお菓子やらを並べていく。
「イリヤ嬢は、キャラメルのお菓子が好きだと聞いていたからね。呼び立てたお詫びだ。食べながら話を聞いてほしい」
 にっこりと笑っているエーヴァルトに対して、クライブは不機嫌である。
「イリヤはキャラメルが好きなのか? オレはそんな話を聞いたことがない」
 イリヤだって、エーヴァルトにはそのようなことを言った覚えがない。だけど以前、トリシャにはどのようなお菓子が好きかを聞かれたことがあったから、トリシャからエーヴァルトに情報が流れたのだろう。
「以前、トリシャ様に聞かれたから答えただけですよ」
「そうか」
 クライブが、なぜムッとしているのか、イリヤにはわからない。
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