このたび聖女様の契約母となりましたが、堅物毒舌宰相閣下の溺愛はお断りいたします! と思っていたはずなのに
 父親を失ってからというもの、妹たちを引っ張り母親を支えてきたイリヤにとって、誰かを頼れる安心感というものは大きい。
 義父でもあり伯父でもあるマーベル子爵、そして子を想いながらもイリヤに情欲の眼差しを向けるサブル侯爵。彼らのことも最初は信頼していた。だけど、イリヤを一人の女として見るその眼にたえられなかった。
 小心者でもある義父は、クライブの睨みにあってこれ以上は何かするとは思えない。会いたいとは連絡を寄越すものの、今のところ、クライブが多忙を理由に断っている。
 だけどクライブは、その二人とは大きく違う。
 厳しい言葉をかけながら、イリヤを一人の人間として扱ってくれる。初日のアレには驚いたけれども、それ以降、彼は心をわかり合いたいと言ってくれるのも、イリヤが彼への警戒心を解く原因にもなっている。
 今だって、イリヤの気持ちが落ち着くようにと、寄り添っている。その寄り添い方がどことなくぎこちなく感じるのだが、きっと彼自身がそういったことに慣れていないせいだろう。
「……イリヤにはマリアンヌが召喚されたときのことを、詳しく伝えていなかったが」
 突然、クライブが話し始めた。
 イリヤはマリアンヌが召喚されてから一か月後に彼女と出会った。話を聞いたときには、よく泣く赤ん坊のイメージしかなかった。だけどクライブが言うには、召喚されたときのマリアンヌは怪我をしていたとのこと。また、ミルクの飲みも悪く、全体的に小さく痩せ細っていたらしい。
「もしかしたら、魔物に襲われたのかもしれない。家族とはぐれたのかもしれない」
 クライブの言葉は予想にすぎない。事実と異なるかもしれない。それでも、そう思いたくなる。
「マリアンヌがここに来たことで、彼女の命が救われたと考えることはできないだろうか? 然るべきときがきたら、マリアンヌに事実を話し、彼女がどうしたいのかをきちんと話し合おう」
「……はい」
 イリヤはクライブの腕の中で、小さく頷いた。
 マリアンヌのあたたかさを、そしてクライブのぬくもりを、今は手放したくないと思った。
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