このたび聖女様の契約母となりましたが、堅物毒舌宰相閣下の溺愛はお断りいたします! と思っていたはずなのに
 クライブはマリアンヌを預かった。イリヤはスカートの裾を持ち上げると、広場に集まった人々に対して、深く腰を折る。
 真っ白いドレスとローブは、無垢な彼女によく似合っていた。空から降り注ぐ陽光によって、スカート部分の重なり合っているレースがきらきらと輝く。
 彼女がくるりと百八十度向きを変えると、マホガニーの髪がパサリとひるがえった。
 ほぅと感嘆の声が下から聞こえてきた。イリヤはこうやって、無意識に人を惹きつけるのだ。それの自覚すら持ち合わせていない。
 隣に立ち、彼女を促すようにしてクライブも室内へと向かう。
「まんま~」
 腕の中のマリアンヌは手を伸ばして、イリヤを求めていた。
「クライブ様、預かります」
 バルコニーから室内に入ったところで、マリアンヌをイリヤに渡す。彼女の手に抱かれた途端、マリアンヌはこてんと頭を預ける。
「やっぱり、眠くなったみたいですね」
 今日はマリアンヌも朝から準備に追われていた。
「イリヤ様、どうぞこちらでおやすみください」
 神官長の声に従い、イリヤは応接室のソファにゆっくりと腰をおろす。
「……ふぅ。うまくいったようで、安心しました」
 先ほどまでの神々しい様子とは異なり、いつものやわらかな表情が戻る。マリアンヌはぷぅぷぅと鼻を鳴らしている。あと少しで、完全に寝入るだろう。
「だが……これでイリヤ、君は聖女としてこの国に周知された。これからは、イリヤではなく、聖女としての振るまいが求められる」
 クライブの言葉に、エーヴァルトも大きく頷く。
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