このたび聖女様の契約母となりましたが、堅物毒舌宰相閣下の溺愛はお断りいたします! と思っていたはずなのに
「はい……覚悟はできています」
 そう答えた彼女は、マリアンヌの背を優しくなでる。マリアンヌの鼻は先ほどからぷぅぷぅと鳴りっぱなしだ。完全に眠ったのだろうか。
「イリヤ嬢。迷惑をかけるが、よろしく頼む」
 悔しそうに言葉にしたエーヴァルトが、やけに印象に残った。
 イリヤが聖女であった。それはマーベル子爵家にも伝えてある。だけど、代理であるとは伝えていない。
 彼女の母親は、権力はないが聡明な人だった。
 マーベル子爵が亡くなったのは、こちらの落ち度であるとクライブは思っている。それでも子爵夫人はクライブを責めなかったし、イリヤのことをしきりに気にかけていた。
 前マーベル子爵の弟と再婚したのも、家族と家を守るため。
 イリヤにもその母親の血が流れているからこそ、今回の聖女代理という役目を引き受けてくれたにちがいない。
「イリヤ様。次は、お披露目のパーティーがありますので、王城へとの移動となります」
 神官長の言葉に、イリヤはにっこりと微笑んではいるが、口の端はひきつっていた。彼女がそのような場所を苦手としているのは、クライブも重々理解しているつもりだ。
 この日のために、二人でこっそりとダンスの練習もした。
「……あっ」
 そイリヤが小さく声をあげると、腕の中のマリアンヌがビクンと大きく身体を動かした。イリヤは慌ててマリアンヌを包み込むように抱き直す。
「イリヤ、どうかしたのか?」
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