このたび聖女様の契約母となりましたが、堅物毒舌宰相閣下の溺愛はお断りいたします! と思っていたはずなのに
 彼は、自分の顔を好きではないのだ。だから、眼鏡をかけてごまかしていたにちがいない。
 眼鏡をはずし、前髪をおろしたクライブは、冷徹な宰相閣下から、一気にやさしげな王子様に化けてしまったのだ。
「い、いえ……その、驚いてしまって。クライブ様も雰囲気がおかわりになりましたね」
 マリアンヌがクライブに向かって手を伸ばしている。
「ぱ~ぱっ、ぱ~ぱ~」
「なんだ? マリーはこっちのほうがいいのか? いつものオレでは駄目なのか?」
「だっだっだっ」
 抱っこをせがんでいた。
「イリヤではなく、オレに抱っこしてほしいというのは、珍しいな。たまにはこういった姿も悪くないな」
 マリアンヌのおかげでクライブの機嫌も直ったようだ。
「では、イリヤ。そろそろ、いこうか」
 クライブの腕をとったはいいが、口から心臓が飛び出るのではないかと思えるほど、緊張していた。
 ここからまた、イリヤの一世一代の大勝負が始まる。
 先ほどは遠目からのお披露目であったため、にこやかに笑って手を振っていればよかった。だけど、今回は違う。
 聖女としての立ち居振る舞いが求められるのだ。クライブやエーヴァルトは、適当に相づちでも打っておけと言っていた。
 それでもイリヤを聖女として疑う声があがったらどうしたらいいのか。はったりしかないだろう。
 その緊張のあまり、イリヤには周囲の声が頭に入ってこない。ただクライブにうながされるまま歩き、大広間へと入った。
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