このたび聖女様の契約母となりましたが、堅物毒舌宰相閣下の溺愛はお断りいたします! と思っていたはずなのに
「その辺に瘴気が漂っているということですね?」
「あぁ。調査報告によると、まずはそこで時空の歪みが確認され、その後、魔物の出現が増えた」
「それがおよそ一年半前?」
「そうだ。すぐに聖女によって時空の歪みを封じてもらえれば、これほどまで魔物の姿も増えなかったのだが……」
 それは叶わなかった。だから、イリヤがここにいるのだ。
「クライブ様。過去を悔やむよりは、これからの未来をよくしましょう」
 驚いたようにアイビーグリーンの目を大きく開いたクライブは、そのまま目尻をやわらげて笑みを浮かべる。
「そうだな。そのためにも、まずは目に見える魔物を倒すしかないな」
「だぁ、だだだだだだぁ」
 急にマリアンヌが暴れ出した。手足を大きく振って何かを一生懸命訴えている。
「どうしたの? マリー」
「あだぁ、あ、あ、あ~」
 マリアンヌは右手を伸ばして、そっちを見ろと言っていた。
「?! クライブ様!」
「アレン殿」
 クライブもそれに気づいて、先に行くアレンに声をかけた。後方にいたエーヴァルトたちは剣をかまえて、睨みをきかせている。
「……グルルルルルッ」
 低い獣のうなり声。ただの獣ではないと一目見てわかったのは、鋭い牙があったから。
 真っ黒い毛で覆われている獣は四つ足でこちらを見ている。赤い目はぎょろりとしていて、大きく開けた口からは牙がのぞき、だらだらと涎をたらしていた。長いふさふさの尻尾までついている。尻尾だって攻撃になるのだから、なかなかあなどれないのだ。
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