このたび聖女様の契約母となりましたが、堅物毒舌宰相閣下の溺愛はお断りいたします! と思っていたはずなのに
 それはイリヤにもはっきりとわかった。時空の歪みと呼ばれるものは、何もない空間がもやもやっと歪んでいるように見えるのだ。その場では、『|』が『<』になるように見える。
「……はい。その辺りがもやもやっとしているかと」
「あいあい」
 マリアンヌが返事をしているから、間違いないだろう。
「なるほど。これをどうにかするのは、難しいか?」
 イリヤが本物の聖女ではないとわかっているくせに、エーヴァルトは畳みかけてきた。
「そうですね。今日のところは、少し……」
「陛下。今日は魔物が不意に襲ってきて、それで魔力も消耗しております。さらに、瘴気も祓ったとなれば、いくら聖女であっても力の限界というものがあるのでは?」
「あだあだ」
 先ほどまでエーヴァルトとよいコンビであったマリアンヌは、今は、完全にクライブの味方になっている。
「聖女様、このたびはご協力、誠に感謝いたします」
 アレンが深く腰を折れば、彼らの部下も同じようにイリヤに向かって頭を下げた。
「あ、いえ……私はできることしかやっていませんので……」
 その言葉に偽りはない。イリヤが行ったのは魔物に対して魔法を放ち、こんがりと焼いただけ。
 瘴気を祓ったのは、まちがいなくマリアンヌの力。それに気づいているのは、クライブとエーヴァルトだけ。
「それでは、聖女様は先にお戻りください。あとは、我々が周辺を確認しておきます」
「オロス侯爵、少しいいか?」
 アレンを呼び止めたエーヴァルトは、彼に何かをこそっと告げていた。

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