このたび聖女様の契約母となりましたが、堅物毒舌宰相閣下の溺愛はお断りいたします! と思っていたはずなのに
 ごとごとと揺れる馬車の中で、マリアンヌはこくりこくりと船をこいでいた。
「眠ったのか?」
 イリヤの腕の中にいるマリアンヌは、ぴたっと頬を胸にくっつけて眠っている。まるでイリヤの心音を聞くかのような姿。
「そうみたいですね。マリーも、エーヴァルト様と一緒に魔物を倒しましたからね」
 そのエーヴァルトは、この馬車にはいない。
 アレンと一緒に現地に残って、もう少し周辺を確認してから戻るとのことだった。
「疲れましたね。戻ったら、すぐにお湯をもらいましょう。クライブ様の顔、まだ魔物の血が……」
 拭ってみたが、すべては拭いきれなかった。赤黒い何かが、まだ頬にこびりついている。
「そうだな」
 なぜかクライブの手が、イリヤの腰に回された。
「か、閣下……?」
「なぜ、そこで呼び方が元に戻る? オレのことは名前で呼べと、あれほど……」
 わかってはいるが、クライブの顔が近いのだ。鼻先が触れ合うくらいに近すぎて、動揺して。だから、ここで彼の名を口にしたら、気持ちはすべてもっていかれてしまう。
「イリヤ、いいか?」
「な、何をですか?」
「オレは約束通り、イリヤを守った。頑張ったと思わないか?」
「そ、そうですね……」
「褒美をねだってもいいか?」
 褒美だなんて、何を子どものようなことを言っているのだろう。
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