このたび聖女様の契約母となりましたが、堅物毒舌宰相閣下の溺愛はお断りいたします! と思っていたはずなのに
 チャールズの言葉にクライブはそっぽを向いている。しかも上半身は裸である。無駄に引き締まった身体はイリヤにとっても目に毒であった。
「あの……閣下。やっぱり、私。マリアンヌと一緒に寝ます。私がマリアンヌの部屋に行けばいいんですもの。閣下はこちらでお休みください」
 そろそろと寝台からおりたイリヤは、マリアンヌの部屋に脱兎のごとく逃げた。背後でクライブが何か言いたそうな動きを見せていたが、イリヤはそれを無視して寝室を出て行った。
 チャールズの声もぼそぼそと聞こえたから、彼がクライブを宥めているのだろう。
 マリアンヌの部屋へと足を踏み入れたイリヤは、ほっと息を吐く。
 大きな寝台のサイドテーブルの上のオイルランプの明かりによって、室内はうっすらと橙色に照らし出されていた。
 この部屋の寝台は固めに準備してあった。それでもイリヤが眠っても、身体が痛くなるとか、そういうレベルではない。
 マリアンヌの握りしめた両手は、顔の両脇にある。赤ん坊特有の姿といってもいいだろう。
 隣の部屋の騒ぎなども気にならなかったにちがいない。あれだけ大きな音を立ててしまったから、起こしたのではないかという思いもあった。
 鼻をすぴすぴと鳴らして、幸せそうに眠っている。いや、幸せなのはイリヤのほうだ。赤ん坊の寝顔は、心をほかほかと満たしてくれる。
 イリヤはマリアンヌの隣で横になった。手を伸ばして、オイルランプの明かりをもう少し弱くした。
 ミルクの匂いがする。そしてやわらかな体温。すぴーすぴーという寝息。数年前の妹たちを思い出す。

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