このたび聖女様の契約母となりましたが、堅物毒舌宰相閣下の溺愛はお断りいたします! と思っていたはずなのに
 魔法が使えると知られているのに、わざわざ隠す必要もないだろう。
「そうか。だが、魔法は貴重な力。いくらこの屋敷内であっても、信頼のおける者以外の前ではけして使うな」
 この場にいたのはクライブとチャールズ、そしてマリアンヌのみ。この者たちは信頼のおける者に該当するようだ。
「わかりました」
 イリヤがしゅんとすると、クライブは困ったような顔をする。目が合った。だけど、すぐに逸らされた。
 クライブという人間はよくわからない。まだ出会って一日しか経っていないのだから、それも仕方ない。一日で相手のすべてを理解しろというほうが、無理な話である。
「あ~あ~、う~」
 マリアンヌがクライブの腕の中にうつっても、彼女はご機嫌なままだった。
「あら、パパの腕も嫌がらないみたいですね」
「う~う~」
 両手をぶんぶんと動かして、その手の先がクライブの眼鏡をとらえた。
「あっ」
 眼鏡はひゅん向こう側へと飛んでいく。それを慌ててチャールズが追いかけ、拾った。
「旦那様」
「ああ、すまない。だが、マリアンヌを抱くと眼鏡が危険だということがわかった」
 片手で器用にマリアンヌを抱くクライブの様子をみていると、子守りの経験があるのだろうかと思えてしまうほど。
「マリー。パパの眼鏡で遊んでは駄目ですよ」
 イリヤの言葉に「あ~う~」と返事をするマリアンヌだが、それよりもクライブの表情が穏やかである。眼鏡が吹っ飛ばされたというのに。もしかして、いじめられるのが好きなタイプの人間なのだろうか。被虐性がある、とか。
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