このたび聖女様の契約母となりましたが、堅物毒舌宰相閣下の溺愛はお断りいたします! と思っていたはずなのに
 一ヶ月も経てば、彼女たちもイリヤに心を開く。勉強以外にも一緒にお茶を飲んだり遊んだりと、まるで彼女たちの母親的存在になりつつあった。
 そう思っていたのは、娘たちだけではなかったようだ。
 どうやらサブル侯爵本人も、彼女には娘たちの母親、すなわち侯爵の妻になってほしいと願っていた。
 しかしイリヤはまだ十九歳。サブル侯爵は三十七歳。夫というよりは父親の年齢に近い侯爵である。
 イリヤはやんわりと断ったのだが、それがサブル侯爵の神経を逆なでしたようだ。
 あっけなく家庭教師はクビになった。
 次の仕事のための紹介状ももらえなかった。仕方なくイリヤは自分の足で仕事を探すが、なぜかイリヤ・マーベルという名を聞くだけで、どこの屋敷も嫌な顔をする。
 男の執念というものなのか。
 ありとあらゆる貴族に根回しをしていたのはマーベル子爵とサブル侯爵であった。
 イリヤ・マーベルは、貴族の男を手玉にとっている毒婦――
 そんな噂が広がっていたのだ。
 だからイリヤは、職業紹介所へ足を運ぶことにした。ここにはいろんな人たちに向け、さまざまな仕事が集まってくると聞いている。
「う~ん。厳しいかもしれないわね」
 窓口の女性が、イリヤの記入した用紙を眺めながらぽつりと呟いた。
「どんな仕事でもやりますから。力仕事でも」
 イリヤは窓口で担当の女性に食いついた。
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