このたび聖女様の契約母となりましたが、堅物毒舌宰相閣下の溺愛はお断りいたします! と思っていたはずなのに
 だけど、それだってけして多い額ではない。一か月も宿に寝泊まりすれば、すぐになくなってしまうだろう。
「とりあえず、毎日ここに来なさい。あなたができそうな仕事、見つけたら真っ先に紹介するから」
「ありがとうございます」
「だってね。なんか、他人事のような気がしなくて……」
 そう言って笑った彼女は、どこか寂しげにも見えたが、それはイリヤに同情しているからだろう。
 イリヤは彼女から言われた通り、毎日、職業紹介所に足を運んだ。宿から紹介所までは歩いて三十分であるが、そこの宿が一番安かったのだ。それでもイリヤの持ち金では一か月が限度である。
 つまり一か月以内に仕事を見つけなければ、どうなるかがわからない。いや、どうしたらいいかがわからない。森の奥でひっそりと暮らそうかだなんて考えるくらい、想像がつかなかった。

 そして職業紹介所に足を運ぶようになって十四日目。マーベル子爵に見つかってしまった。これが噂による効果なのだろうか。
 紹介所の建物に入ろうとしたところで、呼び止められる。
「イリヤ。こんなところにいたのか? サブル侯爵家の家庭教師も辞めたと聞いていたから、心配していたんだ。父さんと一緒に家に帰ろう」
「お義父様。お義父様も新婚でいらっしゃるでしょう? 私のような娘がいたら、お母様との仲を深める時間がないのではと思って、屋敷を出ましたのに。私、お義父様にはお母様と仲良くしていただいて、いつまでも私のお義父様でいらしてほしいのです」
 よい娘を演じたつもりだ。だけどこれは、イリヤなりのけん制のつもりでもあった。
 私はあなたの娘です。そう、伝えたのだ。
「だったら、そんなことを言わず、家族で仲良く暮らそう。妹たちもまだ幼い。イリヤがいなくて寂しがっている」
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