王子様のお世話役を仰せつかっておりますが。〜おせっかい令嬢は、隣国王子に執着される〜
「リセ」
耳のそばで、パチンと指の鳴る音がした。
リセはゆっくりとまぶたを開いた。
馬車の中だ。目の前にはクルト。馬車は停車中なのだろうか、揺れは感じない。
「あれ、私……」
「学園に着いた。降りるぞ」
「もう学園なのですか?!」
おかしい。馬車に乗り込んだのはつい先程で、いきなり目の前が真っ暗になって……
「もしかしてクルト様、なにか魔法を使いましたか」
「気分はどうだ」
「気分……ですか? そういえば」
寝不足で重たかった頭がずいぶんとスッキリした気がする。もしかしてリセはまた寝てしまっていたのだろうか。今度はクルトの魔法によって。
「私、また寝て……」
「俺しか見ていない。大丈夫だ」
「いえ、そういう問題では」
「大丈夫だ。行くぞ」
昨日と同じく、馬車の周りには遠巻きに多くの視線。馬車から降りると、今日はクルトが先を歩いた。彼が先に立つことで、その身に殆どの視線を受けている。リセはただ後ろをついて歩くだけ。
先を歩く彼の真っ直ぐな背中が、リセの胸中を複雑に悩ませた。クルトのせいで寝不足になっているというのに、このように気遣われてしまったら……
リセはクルトの後ろ姿を見つめながら、ひたすら歩いた。
彼のつむじは、十年前と変わらず赤く眩しかった。