王子様のお世話役を仰せつかっておりますが。〜おせっかい令嬢は、隣国王子に執着される〜
「リセの握手も、凄まじく効果があった」
「な、何を仰いますか」
「あっという間に、俺の心を掴んだ」
正面に座るクルトの顔が、面白そうにほころぶ。
「そ、そんなことは」
恥ずかしさから思わず視線を下げると、自然と彼の手へと目が引き寄せられた。
長い指先、骨張った手の甲。十年前とはまったく違う、大きな手。
リセはいつの間にか熱い頬に気がついた。自分は一体、何を考えて……
馬車がフォルクローレ伯爵家へと到着した。
リセはもう、なるべく早く馬車から降りたかった。二人きりが恥ずかしくてたまらなくて、居てもたってもいられなかった。
「それでは、失礼いたします。また明日……」
「ああ、またな」
クルトの乗った馬車を見送ると、リセはふらふらと自室へと戻った。
メイド長のクラベルが、赤い顔のリセを心配している。クラベルには申し訳ないけれど、一刻も早く一人になりたい。この邪念を、追い出してしまいたいのだ。
彼の手を見てしまって。
十年前のそれでは無い、十七歳の彼の、大きな手を。
あれほどまでに皆の心を揺るがす『握手』を、リセも意識してしまった。彼の手に包まれる、自分の手を想像して。
クルトと握手をすれば、自分も皆のごとく骨抜きになるのだろうか。あの手に触れたら、どんな気持ちになるのだろうか。
『あっという間に、俺の心を掴んだ』
それは十年前のこと。
それでは、今は……?
やっぱりクルトはさすがだ。世話役の気持ちまで掴んでしまう。
リセは頭の中から彼の影を追い出せぬまま、ソファに沈みこんだのだった。