Anonymous〜この世界に生まれた君へ〜
優子の肩が大きく震える。釣られるように健太郎はかけている眼鏡を外し、目頭を強く押さえた。

紫月と蓮は何も言えず、泣く二人を見つめることしかできなかった。



その日の夜、紫月の姿はバーにあった。幸成に誘われたためである。紫月は口にくわえたタバコの煙を見つめながら、バーをグルリと見た。

(変わっていないな、ここは)

オールバックにした年配の店主が一人、バーカウンターの奥で作業をしている。木製のバーカウンターやテーブルに紫月には曲名が一つもわからないクラシックのBGM。あの頃に戻ったようだった。

『それでは大学卒業、そして紫月くんの警察学校入学を祝って乾杯!』

紫月、綾音、幸成の三人でカクテルの入ったグラスをぶつけて乾杯した。初めてバーで過ごしたあの夜を紫月は忘れたことがない。

「遅れてごめん」

バーのドアが開き、幸成が入ってきた。相変わらずストリート系ファッションを着こなしている。幸成は店主にカクテルを注文し、紫月の隣に座った。
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