Anonymous〜この世界に生まれた君へ〜
「は?」

紫月の言葉にアノニマスは顔を向ける。その顔は驚きに満ちていたが、徐々に整った顔立ちが赤くなっていく。そんな顔をするのだと紫月が意外に思っていると、彼女は慌てて顔を逸らした。

しばらく沈黙が続いた後、アノニマスは息を吐く。顔を上げた彼女の表情はいつもの無表情に近いものに戻っていた。

「……あたしの書いた小説のトリックは今回の事件において実行は不可能だ」

「何故だ?」

アノニマスは椅子から立ち上がり、本棚から自身の書いた小説を取り出した。美しいウェディングドレスを着た花嫁が表紙には描かれている。しかし、幸せでいっぱいのはずの花嫁の手にはブーケではなくナイフが握られていた。小説のタイトルは「四月の花嫁」だ。

その小説のページをアノニマスはめくる。小説のストーリーすら知らない紫月はそれを静かに見つめることしかできない。

「犯人の花嫁は手に毒を塗り、披露宴の際に花婿が飲むグラスに触れた。そのグラスで飲み物を飲んだ花婿は死んだ」
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