Anonymous〜この世界に生まれた君へ〜
水月町、その言葉に紫月の目が見開かれる。それは森和也が多額の寄付をしている町だ。しかし何故その町にアノニマスが行く必要があるのか。紫月の中に生まれた疑問に対し、アノニマスはすぐに答える。

「五月の終わりに水月町で復興を記念したお祭りが開かれるんです。今書いている小説が和歌山を舞台にしたものなので、ぜひ見に行こうと編集者さんと決めまして」

「そうだったんですね」

アノニマスは笑みを浮かべる。その優しい笑みを見ていると、紫月の胸は騒ついていく。目の前にいる泉翡翠の中にいるのはアノニマスだ。しかし本来彼女はこの世界に生まれることのなかった存在である。その真実を暴いてしまった紫月は、胸の中に澱を溜めてしまうのだ。

千秋はアノニマスを愛おしげに抱き締める。アノニマスも千秋の背中に腕を回した。



アノニマスの住むマンションを出た後、警視庁「未解決事件捜査課」に紫月は戻った。相変わらずこの部署では各々が好きなことをして過ごしている。紀人は競馬雑誌を読み、尚美は爪にジェルネイルを塗り、彰はスマホの画面を見ながらニヤニヤと笑っていた。
< 109 / 306 >

この作品をシェア

pagetop