Anonymous〜この世界に生まれた君へ〜
紫月がそう言うと、優子の顔に嫌悪が見えた。持っているバッグの取っ手部分を強く握り締め、何かに耐えているようだった。

「新美さん?」

「……ああ、すみません。考え事をしていました」

優子は大きく息を吐く。しかしその目からは高ぶった感情は消えていない。

「刑事さんには申し訳ないのですが、私は圭太郎さんは殺されるべき人間だと思っています。彼はこの社会には不必要な歯車だったんですよ」

命を救う仕事をしている彼女の口から出た言葉だとは思えなかった。紫月だけでなく、蓮たちも驚いた顔を見せている。

「歯車、ですか」

「あの暴君は歯車にならなかったんです。人と手を取り合い、尊重し合って生きていくことができない。あれは平穏な生活を乱す異分子です。殺されたところで父親以外は誰も悲しまない」

そう吐き捨て、優子は去って行く。その後ろ姿を紫月たちは見つめることしかできなかった。初めて出会った彼女とは随分雰囲気が違う。別人のようだ。

(森圭太郎さんをよほど嫌っていたようだな)
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