Anonymous〜この世界に生まれた君へ〜
ホテルのスイーツビュッフェコーナーは、可愛らしい花やリボンで飾られている。この空間に蓮といることを想像すると、紫月の体に寒気が走った。しかし紫月は共にスイーツビュッフェに行ってくれる恋人も親しい異性の同僚もいなかったため、アノニマスを誘ったのだ。

「お前が甘いものが苦手なことは知っているが、ここのスイーツビュッフェが今日までなんだ。今度お前の好きなものを奢るから、付き合ってくれ」

「当然の対価だな」

そう言い、アノニマスはコーヒーを飲んだ後、また本を読み始める。制服姿の少女が花束を持って泣いているイラストが描かれている本だ。タイトルは「リナリアの涙」で作者は「馬酔木美空(あせびみそら)」と書かれている。紫月の知らない小説家だ。

「その小説家は有名なのか?」

「馬酔木美空を知らないのか?一時期女子高生たちの間で話題になっていたんだぞ」

紫月の問いにアノニマスは顔を上げ、その小説家のことを教えてくれた。馬酔木美空は恋愛小説を多く執筆しており、切ない描写に女子高生から絶大な人気を得ていたという。
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