Anonymous〜この世界に生まれた君へ〜
「本名は暁風歌(あかつきふうか)。二年前までは同じあのマンションで暮らしていて、お茶をしたり遊びに行ったりしていたんだが、二年前に彼女が逮捕されてマンションを引っ越してからは連絡は途絶えてしまってな……」

アノニマスは寂しげに言う。その瞳は悲しみで大きく揺れていた。彼女の方に紫月は手を伸ばし、すぐに何を自分はしているのだと驚く。アノニマスの頰に触れようとしていた。

(アノニマスはこんな顔をしているが、泉翡翠を守るために何の躊躇いもなく人を殺せる女なんだぞ。そんな冷酷な殺人犯を慰めてどうする!)

この手は悲しむ善人に差し伸べなければならない。悪人に同情するためにあるわけではない。そう何度も言い聞かせ、紫月の手は彼女から離れていった。

アノニマスのことを考えまいと、紫月は他のことを考えようと頭の中の引き出しを開けた。そこから一枚の情報が落ちてくる。ーーーそれは先月起きた森圭太郎(もりけいたろう)殺人事件が解決してすぐに起こった事件だった。

圭太郎の事件が解決したその日の夕方から彼の父親であり、彼の犯した罪を揉み消した和也(かずや)が行方不明となった。そしてその翌日、廃工場で彼は遺体となって発見された。死因は毒殺だった。

遺体は手首を縛り上げられ、大きな壺の中に入れられていた。その壺の中には蛇や蜘蛛のおもちゃが遺体の下半身を覆い隠してしまうほど入れられていた。
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