Anonymous〜この世界に生まれた君へ〜
廃ビルで風歌は宝石の売買をする人間と密会しているのだろうか。宝石がもしも売られていた場合、取り返すのは至難の業となる。

(まだ手元に置いていてくれたらいいんだがな……)

そんなことを考える紫月の隣で、アノニマスがポツリと「風歌」と呟いていた。



「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」

荒い息を吐きながら風歌が指定された場所に行くと、そこにはすでに一人の男が立っていた。黒いマスクにカーキのキャップ帽を被っている。風歌は壁伝いに歩きながら訊ねる。

「あなた、あなたが、ドイルさんの用意した協力者?」

スマホの画面を見ていた男は声に気付いたのか顔を上げる。そして、血まみれになっている目の前の女を見て、ギョッとした顔を見せた。マスク越しだが表情がよくわかる。

「あんた、大丈夫なのか?……救急車呼んだ方がよさそうだな。その出血じゃ命が危ねぇぞ」

男はスマホを操作しようとする。その手を風歌は「やめて!」と素早く掴んだ。大きな声を上げたことで腹部からまた血が広がっていく。しかしそれを気にする様子を見せず、彼女は言った。
< 164 / 306 >

この作品をシェア

pagetop