Anonymous〜この世界に生まれた君へ〜
「私のことは気にせず、これを持って行って。そしてあの子を……瑠璃ちゃんを助けてほしいの。私はどうなっても構わないから」

風歌の必死の懇願に男の瞳が揺れる。そして男は目の前の消えてしまいそうな命より、女が命を賭けて盗んだ宝石を取った。

「……わかってるよ。ドイルさんに言われてるからな。あんたの大切な人は俺らがしっかり助けてやる。だから安心しな」

「ありがとう。ありがとう。ありがとう……」

風歌は涙を流す。ようやくこの時が来たと拳を握り締める。胸の中が喜びで溢れた。

「あなたのお名前は?」

泣きながら風歌は訊ねる。男は少し迷った素振りを見せたものの、微笑んで言った。

「俺は横関和馬(よこぜきかずま)。ドイルさんと同じ何でも屋だ」

「ありがとう、横関さん」

和馬は風歌に背を向け、歩いて行く。それを風歌は見送った後、その場からゆっくりと立ち去った。



真夜が教えてくれた五階建ての廃ビルは、昼間だというのに不気味な雰囲気を漂わせている。ビルを見上げた蓮がブルリと体を震わせた。

「何だか幽霊が出そうなビルですね……」
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