Anonymous〜この世界に生まれた君へ〜
コツコツと足音が響く。文雄は固い表情で迷うことなく屋上を目指す。その右手は腰に付けられたホルスターにあった。それを見て紫月は目を見開く。

「国木田管理官、暁に銃を向けるおつもりですか?」

「自分の顔や名前を変え、宝石を盗み出した女だ。逃げるためにどんな手を使うかわからないだろう」

一瞬振り返った文雄の目には微かに怒りが見えた。紫月は口を閉ざし、階段を登り続ける。

屋上へのドアに辿り着いた。紫月と文雄は互いに顔を見合わせる。容疑者がいる場所へ突入する瞬間は、何年警察官をしていても緊張するものだ。

紫月がドアを開ける。文雄が拳銃を構えた状態で屋上へ姿を見せる。

「警察だ!手を挙げろ!」

しかし、屋上には風歌どころか誰の姿もない。屋上にはミニチュアダックスのイラストが描かれたスマホケースに入ったスマホが一つ落ちていた。

「暁のものでしょうか……」

紫月はスマホを手に取り、電源を入れる。ロック画面には風歌ともう一人女性が映った写真があった。長い黒髪をポニーテールにした可愛らしい女性だ。彼女が風歌の幼なじみの瑠璃なのだろう。
< 167 / 306 >

この作品をシェア

pagetop