Anonymous〜この世界に生まれた君へ〜
「どうした?」

電話に出たものの、電話の向こうにいるアノニマスは何も答えない。しばらくすると鼻を啜る音が聞こえてきた。その音に紫月の目が見開かれる。しかし、どんな慰めの言葉を言えばいいのかわからず黙ってしまう。アノニマスは深く息をした後、言った。

『……風歌は、優しい人だった。だから殺されるとわかっていても宝石を盗んだんだ。命を懸けてでも愛した人を救いたかったんだ』

電話の向こうから嗚咽が聞こえる。紫月はただ相槌を打つことしかできなかった。事情がどうであれ、風歌が宝石を盗んだ事実は変わらない。窃盗は犯罪だ。犯罪者の行動を警察官が肯定することはできないと彼は思った。

『どうしてこの世界は優しい人ばかりが損をするんだ。本当の悪人はのうのうと生きて、いい人は奈落の底に突き落とされて。風歌も、あの子の愛した人も、悪人の暇つぶしの玩具でも金を稼ぐ道具でもないのに!!』

怒り、悲しみ、そんな感情が電話の向こうからは伝わってくる。紫月は息を吐いてから言った。

「駅前の××という焼肉屋に今から来い。一人で抱え込んでいたら余計に苦しくなるだけだ」
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