Anonymous〜この世界に生まれた君へ〜



同時刻、赤いロング丈ワンピースを着たアノニマスは花束を持って歩いていた。ワンピースの肩周りにはケープのような切り替えがあり、ロングヘアーのウィッグの被った頭の上にはボンネットがある。

アノニマスはゆっくりと歩く。向かったのは風歌が最期の瞬間を迎えた公園だ。公園にはあの日のように誰もいない。あんなことがあったというのに、残酷なほど公園は穏やかでいつも通りの時間が流れている。

「風歌」

風歌が亡くなった場所にアノニマスは花束を置く。オレンジの西洋菊だ。花束を置いた後、彼女は目を閉じて手を合わせる。

「お前、幸せだったか?」

自分の人生を捧げてまで彼女は全てをやり遂げた。ずっと一人の女性を想い続けてきた。そしてその気持ちを隠し続けた。

「あたしは本当のあたしをお前に見せられなかった。あたしは偽物なんだ。本物の泉翡翠を演じていただけに過ぎない。……こんなあたしを許してくれるだろうか?」

風がアノニマスの髪を撫でる。その瞬間、彼女の瞳から涙が零れ落ちた。
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