Anonymous〜この世界に生まれた君へ〜
赤い看板が特徴的な中華料理屋の店の前で、すでにその人物は待っていた。白いシャーリングブラウスに水色のスカートを履き、ブラウンの三つ編みウィッグを被り、その頭に白い小さな帽子を乗せている。アノニマスだ。

「来たか。お疲れ様」

アノニマスは紫月に気が付くと、読んでいた本を閉じる。立ちながら読んでいたことに紫月は少し呆れてしまった。

「何分前から待っていたんだ？」

「いつ来たかは覚えていない。でもこの小説の一章は丸々と読めたぞ」

紫月の質問に対し、アノニマスはニヤッと笑いながら栞を挟んだ本を見せる。紫月が吐き気を催すほど苦手とする分厚いミステリー小説だ。四百ページは余裕でありそうな分厚さである。

「よくそんな本が読めるな」

「小説家だからな！」

そう胸を張って言ったアノニマスがどこか眩しく見えた。その表情に紫月の鼓動が早くなる。慌てて顔を逸らし、「早く中に入るぞ」と促した。

中華料理屋の店内は、人でそこそこ賑わっていた。すぐに席に案内され、二人でメニューを見る。そして店員を呼んで注文をした。
< 197 / 306 >
表紙・目次

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop