Anonymous〜この世界に生まれた君へ〜
遺体安置室にやって来た雨は十九歳と聞いていたのだが、髪は伸び放題でヨレヨレのジャージを着ていた。どこか疲れ切った様子の青白い顔に化粧っ気はなく、実年齢よりも上に見えた。

「弟の太陽です」

雨は遺体の顔を見た瞬間、淡々と答えた。驚くことも嘆くこともしない。その瞳からは涙の一粒も溢れることはなかった。

廃工場から三人は歩いて太陽の自宅へと向かう。十五分ほど歩いたところで住宅街が見えてきた。二階建ての年季のそれなりに入ったものが多い。

「太陽さんのご家族さんは一体どんなお仕事をされているんですか?」

アノニマスが笑顔を作り、翡翠を演じながら蓮に訊ねる。蓮は「えっと……」と言いながら手帳を取り出す。

「匠さんも成美さんも××商社で働いています。二人は同期で部署も同じらしいです。あと娘の雨さんは無職ですね。大学生や専門学校生というわけでもないです」

太陽の両親が働く会社はかなり大手だ。知名度もそれなりにある。アノニマスは少し考えてから言った。
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