Anonymous〜この世界に生まれた君へ〜
紫月は記憶を辿り、幼い雨と太陽が映っているものを思い出す。あの写真は太陽が亡くなった場所のように廃工場だった。

「そうだな。雨さんに聞いてみよう。あの親じゃアテにならんかもしれんしな」

「あの親に期待するだけ無駄だろう。自分の家のティーカップの位置すら把握していない親だ。ろくに家に帰っていなかった可能性の方が高い」

アノニマスがそう返した刹那、割烹着を着たこの店の女将と見られる女性がおぼんに蕎麦を二人前持って現れる。紫月とアノニマスが頼んだものだ。

「お待たせしました。肉ネギ蕎麦と納豆おろし蕎麦です」

「ありがとうございます」

二人はお礼を言う。細身の女将は人のいい笑顔で紫月の前に肉ネギ蕎麦を、アノニマスの前に納豆おろし蕎麦を置いて厨房へ戻っていった。

「いただきます」

一旦事件の話は中断となり、二人は蕎麦を啜る。紫月は一口食べて「うま」と呟いた。蕎麦にかけられたかけ汁からかつおの香りがふわりと漂い、箸が止まらない。アノニマスも「うまいな」と味わいながら食べていた。
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