Anonymous〜この世界に生まれた君へ〜
「言質は取ったからな」

紫月の耳元で囁かれた。耳に熱が集まり、胸が高鳴っていくのを感じる。そんな紫月の様子には目もくれず、アノニマスはメニューを見ていた。その横顔を見ているだけで紫月の胸は苦しくなっていく。

数分後、料理をそれぞれ注文した後、真夜がテーブルの上にパソコンを置いた。

「それで、江戸川靖子(えどがわやすこ)って人物について調べればいいんだね?」

「ああ。頼む」

クリーニング店に足を運んでいたのは、科学部部長である江戸川学の母親だった。住所はクリーニング店から十五分ほど離れた場所にあるアパートだった。偶然にも政典と住んでいる場所が近い。

「とりあえず調べてみるよ」

真夜がパソコンを起動させ、キーボードを叩いていく。そして数分もしないうちに彼は目を輝かせた。

「もうほとんど情報は掴めたよ。さすが僕!」

「何がわかったんだ?」

紫月が訊ねると、真夜はパソコン画面を見せる。江戸川靖子は学が二歳の頃に離婚し、昼間はスーパーの従業員、夜は居酒屋で働いて学を育てているようだ。犯罪歴はなく、ごく普通のシングルマザーに見えた。しかし、紫月の中で疑問が残る。

(何でこの変な時期に制服をクリーニングに出したんだ?)
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