Anonymous〜この世界に生まれた君へ〜
聞き込みや防犯カメラの映像の確認も行ったものの、何もなかった。政典の目撃証言すら聞いていない中、他の人物の証言が上がるはずがなかった。

「さて、どうするか……」

顎に手を当てて考える。政典の取り調べは捜査一課の方で続けられていた。彼の証言は何一つ変わらない。まるで事前に決められた台詞かのようにスラスラと何の抵抗もなく話していた。その供述に矛盾などはない。

(あなたが罪を犯す人間には見えないと本人にぶつかってみたところで無駄だろうな)

取り調べの最中、彼の表情からは何の感情も読み取れなかった。時折り、太陽を殺害したことに対する謝罪の言葉はあるものの、表情は眉一つ動くことがなく、どこか不気味である。その表情にも紫月は違和感を覚えていた。

(まるで、冷静な自分を演じているみたいだな……)

紫月の頭の中にアノニマスの顔が浮かぶ。普段表情がそれほど変わらない彼女は、翡翠を演じる時には必ず優しげな笑みを浮かべ、口調も穏やかなものに変わる。その様はまるで別人になったかのようだ。
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