Anonymous〜この世界に生まれた君へ〜
File5 loved one

好きだった人

「警察官、だと?」

タイ料理屋のテーブル席にて、紫月は指先が冷たくなっていくのを感じた。一番警察官として考えたくない答えである。しかし、最後まで聞かなくてはと出しかけた言葉を飲み込んだ。

「ああ。ここまで徹底的に証拠を消せるのは警察官しかいない。しかも相当頭が切れて上の立場にいる人間だろうな」

アノニマスはそう言った後、水を一口飲んで息を吐く。ただ水を飲んだだけだというのに、どこかドラマのワンシーンのように魅力を感じた。紫月はゴクリと喉を動かし、アノニマスの方に手を伸ばす。

すると、それまで流れていたポップなタイ音楽がぶつりと消えた。そして騒がしいほどだった周りが一瞬にして静かになる。紫月が辺りを見ると、先ほどまでいたはずの店員や客の姿が全員消えていた。

「……は?」

突然の出来事に頭の中が何も考えられなくなる。紫月は立ち上がり、周りを見回した。まるで全てが幻だったかのように誰もいない。そして静まり返っている。

「おい、アノニマスーーー」
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