Anonymous〜この世界に生まれた君へ〜
玄関には、女性もののヒールやシューズが乱雑に放置されている。シューズラックが置かれているものの使われておらず、物置と化していた。これだけでこの家で亡くなった住民の性格がどことなくわかる。

女性ものの靴の中に見知った革靴が一足並んで置かれていた。蓮のものだ。紫月は声を張り上げる。

「夏目!来たぞ!どこにいるんだ?」

「太宰さん!お風呂場にいます!」

蓮の声が廊下の奥から聞こえてくる。その声を頼りに紫月は廊下を歩いた。廊下には埃が薄く積もっており、長い間掃除されていないのがわかる。

お風呂場の脱衣所には洗濯されていない服が山のように積まれていた。お風呂場のドアを開けるとそこには蓮が立っていた。そしてその浴槽には一人の女性が沈んでいる。

「夏目、状況は?」

当然浴槽内で命を落としている女性は全裸だ。しかし紫月は気にすることなく訊ねる。蓮はコホンと咳払いをしてから言った。

「亡くなられたのは、早見蘭(はやみらん)さん。二十六歳で車のディーラーとして働いています。この家に一人暮らしです」
< 261 / 306 >

この作品をシェア

pagetop