Anonymous〜この世界に生まれた君へ〜
(何だ?)

不審に思いながらも紫月はハオランを追いかけることはなかった。数分後、目を真っ赤に腫らした凛子が治と共に解剖室から出て来た。

「見苦しいものをお見せしてしまってすみません」

「いいえ。誰か大切な方が亡くなるのは悲しくて当然です」

涙を拭う凛子に蓮がすぐに声をかける。それを見守る紫月に治が声をかけてきた。

「明日解剖することが決まりました。解剖結果は終わり次第ご連絡します」

「お願いします」

紫月は治に頭を下げた。



その夜、紫月は幸成を誘って夕食を食べに行くことにした。どこがいいか幸成に訊いたところ、ある一軒の和食の店を彼は指定した。その店には一度しか行ったことがないものの、紫月の記憶にはっきりと残っている店だ。

「この店、覚えてる?」

「ああ。綾音が教員免許を取れた時に食べに行った店だな」

車をコインパーキングに止め、二人で歩きながら話す。石畳の道はどこかレトロな雰囲気があり、左右に並ぶ店も和食や日本酒を扱う店が多い。
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