Anonymous〜この世界に生まれた君へ〜

消えた遺体

法医学教室は騒然としていた。建物の前にはパトカーが止まっており、制服姿の警察官が黄色の規制線のそばで見張りをしている。そして教室の前では医大生らしき人物たちが集まっていた。

「警視庁の太宰です」

紫月は警察手帳を見せ、法医学教室の中へと入った。その間も騒ぐ声が紫月の耳に入る。

「法医学教室で何かあったの?ここって遺体を解剖するところだよね?」

「なんか、遺体が盗まれたらしいよ」

どこから情報が漏れたのだろうか。厄介なことになったと紫月はため息を吐きそうになる。しかし、人の口に戸は建てられないので仕方がない。

(遺体を盗むとは……。犯人の目的は一体何なんだ?)

全員のデスクなどがある部屋へと入ると、そこには働いている監察医全員が揃っていた。所長の治が真っ青な顔をして椅子に座り込んでいた。

「ああ……どうしよう……。遺体が盗まれるなんて前代未聞だ……。ご家族になんと連絡すれば……」

憔悴し切った彼に対し、誰も「しっかりしてくださいよ」という言葉はかけていなかった。全員の心が焦りとパニックに満たされ、冷静さを装うのに精一杯なのだろう。
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