Anonymous〜この世界に生まれた君へ〜
紀人はいつも新聞や雑誌を険しい顔で一日中読んで過ごすことがほとんどだ。デスクに座ってばかりのせいか、紀人は大きく肩を上下に動かして息が切れている。

「末広さん、大丈夫ですか?」

紫月だけでなく、修二も彼に声をかけた。紀人は呼吸を整えた後、恐る恐る顔を上げる。その目はどこか怯えているようにも見えた。

「……俺にもその事件の話を聞かせてくれないか?」

事件から目を背け続けていた彼からこのような台詞を聞く日が来るなど、紫月は予想すらしていなかった。しかししばらくして思い出す。

(そうか。離婚して母親と暮らしている娘さんは早見さんと歳がそう変わらない)

もしも盗まれた遺体が自分の娘だったならば。そんな想像が彼を動かしたのだろう。紫月は大きく頷く。

「もちろんです」



紫月は、現場で見たものや聞いたものを全て蓮たちに説明した。

まず現場となった法医学教室には当然防犯カメラが設置されている。しかし、犯行時にほとんど全てを破壊されてしまったため、犯人は当然わからない。
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