Anonymous〜この世界に生まれた君へ〜
紫月の唇が震える。涙がさらに溢れ出した。幼い子どものように声を上げ、修二に縋り付く。修二は苦しげな顔で紫月の頭を撫でた。

紫月の手から解放されたハオランは、ズルズルとその場に座り込んで泣き続ける紫月と修二を見ている。取り調べ室の中に入った蓮がポツリと語り掛けた。

「人が一人亡くなる。それだけで多くの人が悲しむんです。あなたは自分のエゴのために多くの人を絶望と悲しみに突き落としたんです」

ハオハンは気まずそうに下を向く。取り調べ室に紫月の慟哭が響いた。



ハオランの供述と押収されたパソコンに残された情報から、殺害された女性たちがどこの誰に売られたのかがわかった。警視庁は中国の捜査機関に連絡を取り、女性たちの遺体を日本へ返すように伝えた。そして今日、数人の遺体が返された。その中に綾音の遺体がある。

紫月は法医学研究所に急いで向かっていた。綾音の遺体が届いたと連絡があったのだ。

「失礼します」

紫月が息を切らせながら訊ねると、デスクに座っていた治たち監察医は「解剖室にいます」と答えた。その表情はどれも暗い。
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