Anonymous〜この世界に生まれた君へ〜
「……ありがとうございます」

紫月は額に浮かぶ汗を拭い、解剖室へと足を進める。解剖室の自動ドアを通り抜けると、解剖をするための台の上にビニール製の袋が置かれていた。そのそばで幸成が震えながら立っている。

「この中に、綾音が入っているって言われたよ……」

袋を見つめながら幸成は消えてしまいそうな声で言う。紫月は彼の隣に立った。幸成の顔色は悪く、少し見ないうちに痩せたような気がする。

(一番身近なところに綾音の命を奪った奴がいたんだからな……)

紫月は拳を握り締めた。もしもあの取り調べ室で修二が止めてくれなければ、紫月は警察官という立場も忘れて拳を振り下ろしていただろう。そのままハオランの命を奪っていたかもしれない。

「幸成。この袋はお前が開けるべきだ。もし開けづらかったらーーー」

外に出ている、そう言いかけた紫月をすぐに幸成は首を横に振って止めた。

「ここにいてほしい」

幸成の震える手はファスナーをしっかりと掴む。彼はゆっくりと息を吐いた後、覚悟を決めたように一気にファスナーを開けていった。
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