Anonymous〜この世界に生まれた君へ〜
「綾音……」

ファスナーを開けてすぐ、紫月と幸成は同時に呟いた。そして同時に彼女に触れる。その体はまるで陶器のように固く、蝋人形のように冷たくなっていた。

「綾音……綾音……」

幸成の口から嗚咽が漏れる。紫月の目の前もぼやけた。取り調べ室であれほど涙を流したのが嘘だったかのように、涙の雨は降り続いたまま止まない。

綾音の遺体にはエンバーミングが施され、その体には中国の伝統的な赤い婚礼衣装を身に纏っていた。その顔はまるで眠っているようである。

「綾音……やっと帰って来てくれたのに……。こんな形だなんて……」

幸成は綾音を包んでいる袋を強く掴む。そしてそのまま崩れ落ちた。紫月は泣きながら幸成の肩を抱き締める。幸成は声を荒げた。

「ハオランが犯人だって知った時、僕は、お前は怒るかもしれないけど、あいつを殺してやりたいって思ったんだ!!綾音は何も悪いことはしていないのに!!こんなくだらない理由で殺されるなんて!!何でだよ……!!」
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