Anonymous〜この世界に生まれた君へ〜
午後二十一時。夏祭りは終わりを迎えた。出店の明かりが一つずつ消えて行き、またいつもと変わらぬ夜が訪れる。
紫月とアノニマスはまだ手を繋いだまま歩いていた。夜道には紫月たち以外誰もいない。
「……太宰、これをあたしが貰ってよかったのか?」
アノニマスの腕には猫のぬいぐるみが抱かれている。紫月が射的で落とした景品である。射的勝負は紫月の圧勝だった。
「ああ。俺の部屋にぬいぐるみは似合わないからな」
紫月が答えると、アノニマスは「そうか。ありがとう」と言い、微笑みを浮かべる。その目は愛おしそうに猫のぬいぐるみを見つめていた。
その表情をみた瞬間、紫月の中で何かが壊れてしまったような気がした。ずっと我慢していたものが溢れ、考えるよりも先に体が動いていく。
アノニマスの方を向いた紫月は、彼女の顎を持ち上げた。驚いた様子のアノニマスが何かを発する前にその唇を自身の唇で塞ぐ。数秒間のキスは、紫月にとって数時間のように感じた。