Anonymous〜この世界に生まれた君へ〜

少し雑談をした後、紫月が「遺体を発見した状況について、お聞きしてもよろしいですか？」と切り出す。皐月の少し柔らかくなった表情がまた固くなってしまった。

「私は……今日は条野先生の小説の締切が今日だったので、原稿を受け取るためにここに来たんです。でも何度チャイムを押しても先生は出て来なくて、電話もスマホにかけたんですけど出なかったんです。それで何かあったのかと合鍵で部屋の中に入ったら先生が……！」

皐月はそう言った後、大きく体を震わせた。その目からは涙が溢れている。紫月はすぐに「お辛いことを思い出させてしまい、申し訳ありません」と謝った。

「先生、原稿できたって言ってたのに……」

皐月は鞄の中から手帳を取り出した。彼女が開くとそこにはたくさんの予定が書き込まれている。丸っぽい字だ。

「本当だ。今日の予定に書いてありますね」

手帳を覗き込んだ蓮が言う。皐月は「今頃先生の原稿を持って出版社に行っていたはずなのに！」と鼻を啜った。

「樋口さん、落ち着いてください」