Anonymous〜この世界に生まれた君へ〜
「樋口さんが?この部屋には頻繁に来られるんですか?」

「いえ、頻繁というわけでは……。三回この部屋でお茶をしたんです。三回目は昨日のことです。甘いものは苦手だと言っているのに、いつも樋口さんは甘いお菓子を買ってくるので……」

翡翠と皐月の接点ができたのは一年半前のことらしい。生理痛に襲われ、動けなくなった皐月を介抱したのが翡翠で、そのお礼として皐月はこの部屋にお菓子を持ってきてお茶をしていたそうだ。意外な繋がりである。しかし、皐月は自分を助けてくれた女性を犯人かもしれないと話した。紫月は手帳にメモを取りつつ、慎吾のことを訊ねる。

「条野さんとあなたは接点はありましたか?」

「私がこのマンションに住み始めてしばらくした頃、「小説家同士仲良くしよう」と部屋に誘われたんです。その時に、その、体を触られそうになって……」

翡翠の顔に恐怖と嫌悪感が浮かぶ。その日以来翡翠は慎吾を避けて生活していたようだ。そのため慎吾のことを深くは知らないという。

「ただ、自己顕示欲が強い人なのかなと思いました。よく友人らしき人を招いてホームパーティーを開いていましたし、何人もの着飾った女性を部屋に連れ込んでいるのを見たことはあります。いつも何かの自慢話をしていました」
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