Anonymous〜この世界に生まれた君へ〜
声を荒げることなく翡翠は淡々と答えていく。その声は冷静さを装っているのではなく、彼女の表情も落ち着いていて、演技ではないのだとわかるものだった。

「容疑者としてここにいるのに、随分冷静な方なんですね」

取り調べの様子を見ながら蓮が言う。紫月は違和感を感じていた。彼女は何故こんなにも冷静なのか。殺人犯を疑われていれば、どんな人間でもパニックに陥るものである。

(あの時と別人のようだ)

そう直感的に思った。翡翠の部屋で二人で話し際、彼女が慎吾に体を触られそうになったと話した時のことを思い出す。あの時彼女は確かにその顔に恐怖を浮かべていた。

翡翠には慎吾を殺害する動悸がある。しかも彼の部屋の鍵を持ち、部屋の前まで行ったのだ。しかし廊下にある監視カメラは故障しており、部屋に入ったかどうかまでは確認できていない。

「部屋から私の指紋は見つかったんですか?」

「家主である条野さん、そして担当編集者の樋口さんと数人の指紋は見つかっていますが、あなたのはありませんでした。でもそんなもの拭き取ってしまえば残りませんよ」
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