Anonymous〜この世界に生まれた君へ〜
その時、「あの火事のことかい?」と年老いた男性が声をかけてきた。どうやら女性の父親のようだ。

「あの女の子、翡翠ちゃんって言ったっけ?」

「そうよ。お父さん、何か知ってるの?」

「いや、火事の前に翡翠ちゃんを見かけたんだよ。調理用油を持っていてどうしてそんなものを待っているのか訊いたら、「お母さんが天ぷらを揚げるから買ってきてって言われたから」って言ってたんだよな」

「えっ!?あの母親が料理なんてするわけないでしょ!!あの母親いっつも出前とか惣菜とかでキッチンに立ったことなんてないでしょ!!」

紫月の中に様々な違和感が生まれ始める。東京で会った翡翠と宮崎で育った彼女はあまりにも違うような気がした。この違和感は決して勘違いではないと紫月は知っている。

『この事件は現在だけを見ていても解決しません。過去も見ないと……』

翡翠がマジックミラー越しに言った言葉を思い出す。紫月はスマホを取り出し、三人のSNSの投稿を見る。じっくりと投稿を見た彼は翡翠の言葉をまた思い出した。

『木の葉を隠すなら森の中ということですよ』
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